大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)312号 判決

原告

佐竹利彦

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和56年10月22日に同庁昭和55年審判第6523号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告は、主文同旨の判決を求めた。

2  被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2原告主張の請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和50年4月9日、特許庁に対し、名称を「もみすり装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和48年2月20日に特許出願した昭和48年特許願第20339号を特許法44条1項の規定によつて分割して特許出願(昭和50年特許願第42519号)をしたが、昭和55年2月23日拒絶査定された。そこで、原告は、同年4月24日、審判請求をしたところ、これが昭和55年審判第6523号事件として審理され、その後、昭和56年6月19日付けで拒絶理由通知があつた。これに対し、原告は、同年8月11日付けで意見書及び手続補正書(以下「本件補正書」という。)を特許庁審判部受付に提出し、これらは同日に一旦受理された。その後、同年9月10日に審理終結通知があり、さらに、同月30日付けで前記意見書及び本件補正書は請求人相違の理由により受理しない旨の通知がなされ、この通知書は同年10月6日原告代理人に送達された。

原告は、右通知に対して、同年10月28日、行政不服審査法による異議申立をしたが、これに先立ち、同年10月22日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は同年11月30日原告に送達された。

その後、特許庁は、昭和57年8月23日、右異議申立を棄却するとの決定をした。

2  行政処分取消請求事件の経緯

原告は、同年11月22日、右異議申立棄却決定に対し、「特許庁が、原告の昭和50年4月8日付け特許願(昭和50年特許願第42519号)についてした拒絶査定に対する審判事件(昭和55年審判第6523号)において、原告の提出にかかる昭和56年8月11日付け意見書及び本件補正書につき、同年9月30日をもつてした不受理処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨の訴えを東京地方裁判所に提起し、これは昭和57年(行ウ)第171号行政処分取消請求事件として審理されたが、同裁判所は、昭和59年3月26日、「本件訴えのうち意見書の不受理処分の取消を求める部分を却下する。原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決をし、同判決は同日原告に送達された。

これに対し、原告は、同年4月9日、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和55年審判第6523号事件において昭和56年9月30日にした同年8月11日付け意見書及び本件補正書の不受理処分を取り消す。訴訟費用は、第1、2審を通じ被控訴人の負担とする。」との裁判を求める旨の控訴を東京高等裁判所に提起し、これは昭和59年(行コ)第16号行政処分取消請求控訴事件として審理されたが、同裁判所は、同年11月28日、原判決を取り消し、控訴人(原告)の右請求を認容する旨の判決をし、同判決は、同年12月4日に確定した。

右判決の確定により、特許庁は、前記意見書及び本件補正書を受理し、原告は、昭和60年1月18日付けで手続補正書2通を提出して右意見書及び本件補正書の審判請求人の住所及び氏名を補正した。

3  本願発明の明細書の特許請求の範囲

1 本件補正書による補正後の記載

籾摺を行なう籾摺室Bより高位置に揺動式籾玄米比重分離装置Aを揺動自在に取付け、該籾摺室Bおよび揺動式籾玄米比重分離装置Aの近傍側方位置には前記籾摺室Bより前記揺動式籾玄米比重分離装置Aに至る昇降機Cを設け、該昇降機Cの排出口(53)には、穀物の貯留量に応じて上下動するホツパー(4)を取付け、該ホツパー(4)の排出口を前記揺動式籾玄米比重分離装置Aに連絡し、該ホツパー(4)と張込用供給ホツパー(27)に取付けた開閉バルブ(29)とを、前記ホツパー(4)が下動すると前記バルブ(29)は閉じる方向に動き、前記ホツパー(4)が上動すると前記バルブ(29)は開く方向に動くよう、関連的に結合し、一方向にそつて前記籾摺室Bとブロアー(42)とが配置され、前記揺動式籾玄米比重分離装置Aは前記方向に沿つて揺動することを特徴とする籾摺装置。

2 同補正前の記載

籾摺を行なう籾摺室Bより高位置に揺動式籾玄米比重分離装置Aを揺動自在に取付け、該籾摺室Bおよび揺動式籾玄米比重分離装置Aの近傍側方位置には前記籾摺室Bより前記揺動式籾玄米比重分離装置Aに至る昇降機Cを設け、該昇降機Cの排出口(53)には、穀物の貯留量に応じて上下動するホツパー(4)を取付け、該ホツパー(4)の排出口を前記揺動式籾玄米比重分離装置Aに連絡し、該ホツパー(4)と張込用供給ホツパー(27)に取付けた開閉バルブ(29)とを、前記ホツパー(4)が下動すると前記バルブ(29)は閉じる方向に動き、前記ホツパー(4)が上動すると前記バルブ(29)は開く方向に動くよう、関連的に結合してなることを特徴とした籾摺装置。

4  審決の理由の要点

審決は、本願発明の要旨を本件補正書の提出がないものとしたところの前記3の2記載のとおりのものと認定した上、実公昭39―2973号公報(以下「第1引用例」という。)には

「籾摺を行なう脱部より高位置に揺動板を揺動自在に取付け、該脱部及び揺動板の近傍側方位置には前記脱部より前記揺動板に至る揚穀機を設け、該揚穀機の排出口には漏斗を取付け、該漏斗の排出口を前記揺動板に連絡し、脱部には脱漏斗を設けた籾摺機。」

が記載され、また、実公昭38―18842号公報(以下「第2引用例」という。)には、

「籾摺機において、摺出米の揚穀機の排出口に穀物の貯留量に応じて上下動する遊動漏斗を取付け、該遊動漏斗の排出口を万石網に連結し、該遊動漏斗と籾供給漏斗に取付けた籾供給調節板とを、前記遊動漏斗が下動すると前記籾供給調節板が閉じる方向に動き、前記遊動漏斗が上動すると前記籾供給調節板が開く方向に動くように関連的に結合したもの。」が記載されており、本願発明と第1引用例記載のものとを比べると、両者は、

「籾摺を行なう籾摺室(第1引用例記載のものにおいては、脱部。以下括弧内の記載は、第1引用例記載のものを示す。)より高位置に揺動式籾玄米比重分離装置(揺動板)を揺動自在に取付け、該籾摺室(脱部)及び揺動式籾玄米分離装置(揺動板)の近傍側方位置には前記籾摺室(脱部)より前記揺動式籾玄米比重分離装置(揺動板)に至る昇降機(揚穀機)を設け、該昇降機(揚穀機)の排出口にはホツパー(漏斗)を取付け、該ホツパー(漏斗)の排出口を前記揺動式籾玄米比重分離装置(揺動板)に連絡し、籾摺室(脱部)に張込用供給ホツパー(脱漏斗)を設けたことを特徴とする籾摺装置(籾摺機)。」

の点で一致し、

「本発明のホッパーは穀物の貯留量に応じて上下動するものであり、かつ該ホッパーと張込用供給ホツパーに取付けた開閉バルブとを、前記ホツパーが下動すると前記バルブは閉じる方向に動き、前記ホツパーが上動すると前記バルブが開く方向に動くよう、関連的に結合しているのに対して、第1引用例記載のものの漏斗と脱漏斗はこのような構成を有しない。」点で、相違しているが、籾摺機において、摺出米の揚穀機の排出口に取付けて選別部に摺出米を排出する遊動漏斗(本願発明のホッパーと同じと認める。)を穀物の貯留量に応じて上下動するものとし、かつ該遊動漏斗と籾供給漏斗(本願発明の張込用供給ホツパーと同じと認める。)に取付けた籾供給調節板(本願発明の開閉バルブと同じと認める。)とを遊動漏斗が下動すると籾供給板が閉じる方向に動き、遊動漏斗が上動すると籾供給調節板が開く方向に動くように関連的に結合させたものは、第2引用例によつて本願の出願前公知であり、第1引用例記載のものにおける漏斗を本願発明のように上下動するものとし、かつこの漏斗と脱漏斗とを本願発明のように関連的に結合させたことによつて奏する作用効果は、第1引用例記載のもの及び第2引用例記載のもののそれぞれが奏する作用効果の総和の域を出ないものであるから、上記の相違点は、第2引用例の記載に基づいて当業者が容易になすことができたものであり、したがつて、本願発明は、本願の出願前に当業者が第1引用例及び第2引用例各記載のものに基づいて容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定によつて特許を受けることができない。

5  審決を取り消すべき事由

審決は、次の点において手続及び判断を誤つた違法のものであるから、取り消されるべきものである。

1 前記昭和59年(行コ)第16号行政処分取消請求控訴事件の判決により、被告が昭和55年審判第6523号事件において昭和56年9月30日にした同年8月11日付け意見書及び本件補正書の不受理処分は取り消され、これが確定したため、右意見書及び本件補正書は受理されるべきものであるところ、これを不受理とし、これらの提出がないものとしてした審決は、その手続を誤つているものである。

2 さらに、本願発明の要旨は、前記3の1の補正後の特許請求の範囲の記載のとおりのものであるところ、審決は、前記のように本件補正書の提出がないものとしたところの、同要旨中の「1方向にそつて籾摺室Bとブロアー(42)とが配置され、揺動式籾玄米比重分離装置Aは前記方向に沿つて揺動する」という構成を欠如したものを本願発明の要旨として認定しており、要旨認定を誤つている。

そして、本願発明における右構成は、第1引用例及び第2引用例に全く記載されておらず、本願発明は、この構成によつて、第1引用例及び第2引用例にそれぞれ記載されたものの奏する効果を寄せ集めたもの以上の効果である「揺動式籾玄米比重分離装置の方向が籾摺室とブロアーとを結ぶ方向を横切るものに比較して装置の安定性が良く、籾摺機、ブロアー及び揺動式籾玄米比重分離装置の回動軸が同方向を向くことになつて機構が簡単になり」という格別の効果を奏するものである。

したがつて、本願発明は、本願発明の特許出願前に当業者が第1引用例及び第2引用例各記載のものに基づいて容易に発明することができたものでなく、本願発明が特許法29条2項の規定によつて特許を受けることができないとした審決は、その判断を誤つたものである。

第3請求の原因に対する被告の認否

原告主張の請求の原因1ないし4の各事実は認める。同5の主張は争う。

第4証拠関係

訴訟記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  原告主張の請求の原因1ないし4の各事実(特許庁における手続の経緯、行政処分取消請求事件の経緯、本願発明の明細書における本件補正書による補正の前後の各特許請求の範囲の記載及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決取消事由の存否について検討する。

前記争いのない事実によれば、本願発明については、前記意見書の記載を参酌し、本件補正書による補正の適否を審査した上、本願発明の要旨を認定しなければならなかつたものであるところ、右意見書及び本件補正書が誤つて不受理とされたため、審決は、本件補正書による補正がないものとして本願発明の要旨を認定し、その要旨に基づいて本願発明は特許を受けることができないとしたものである。

そうすると、前記不受理とした手続の誤りは、特段の事情のないかぎり、審決における本願発明の要旨の認定ひいては審決の結論に影響を及ぼすべきものといわなければならないところ、本件においては、右特段の事情とみるべき事実を認めるに足りる証拠はないから、審決は、違法としてこれを取り消すべきものである。

3  よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 楠賢二 松野嘉貞)

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